遅番と早番の間の晩に遊びに行くというハードなことをしてしまった・・・。でも、気が滅入って どうしようもなくて アナに誘われる儘 出掛けたら気分転換になって すっきりした。死期の近い人の相手をしていると どうしても色々と思い出すし、たまに波のように鬱が押し寄せてきてしまう。今は 私の実習も終わりに近く、アナとの別れも目前で、余計に精神的に不安定。ヒッピーがキャンピングカーの部屋の部分を並べて住んでいる集落で、テナーsaxとアコーディオンのコンサートがあって、それを聞きに行った。ローソクの光の中で ユダヤの音楽なんか演奏されて、とてもいい雰囲気だったよ。アナは集める情報量ももの凄いし、記憶力も抜群なので いつも驚かされる。このコンサートも、星明りだけを頼りに 畦道のような所を歩いて行ったところで催されたんだけど、「昼間に一度来た事があるから」と言って 迷いもせずに連れて行ってくれた。2箇月しかTübingenに住んでいないのに、私より余程詳しい。本人は「好奇心が強いだけ」って言うけど。私の未投句の万柳ネタに 折り紙モノがあって、その話しから「折り紙できる?」と聞かれ、あやめと鶴を折ってみせたら 即座にほどいて 考え考え自力で織り上げてしまったのには驚いた。普通の欧米人は 折ってみせると 壊さないようにそーっと持つだけで、折りあげた途端にほどく人は初めてみた。しかも折り方なんか教えないし、横で私が折るのをじーっと見ていただけなのに。
アナが日本語の本をプレゼントしてくれた。「本屋さんで見つけて、青くてきれいな表紙で興味深かったから、内容はさっぱり見当がつかないけど買ってみた」とのことで、なんと知的生き方文庫の「座右の銘」。もう、笑った、笑った。社長の心得とか経営戦略とか。如何にも日本~~という内容で、でもこちらの古本の匂いがするのにも笑った、教会の匂い。私はMちゃんちで作った ひまわりの七宝焼きのペンダントをあげた。私より絶対似合うし、私の作ったものだし。その場でつけて喜んでくれた。どうやって作るのか これまた細かく聞かれて説明して。
アナに「腕のいい外科医になりたかったら アフリカに暫く行くのが一番」と言われた。手術はいくらでもあって、外科医不足だから経験を積める、ドイツじゃ実際に手術できる迄が長過ぎる、と。その先ドイツに落ち着けることさえ決まっていればねえ。
アナに指摘される迄 全く念頭になかったんだけど、アクセントと音の高低は無関係で、それなのに私は疑問文で語尾を上げると アクセントまでくっついてきちゃうんだって。きっと 上げる、上げる、という意識が強くて、言い方も強くなっちゃうんだろうな。素晴らしい指摘で、なーーーる程、と感心した。簡単なおしゃべりは ぺろぺろっと言えるけど、自分の意見を述べる時なんかは 考え、考え、まとめながら話すから リズム感が悪くなって 発音も乱れがち。病院の人はみんなじっと待って聞いてくれるけど、大学の子なんかは 待てなくて 聞いてくれない子も沢山いる。くすん💧
耳栓を買ってきて着用してみたら とてもよい。圧迫感はあるけど、眠りや集中を妨げられることに較べれば全然平気。もっと前に買えばよかったな。
こちらでは 誕生日やお別れの時に 本人がケーキなど焼いて持って来て、みんなで食べる。(誕生日パーティーも自分で開いて招待する) 今日はアナの最終日で ケーキを焼いてくると言っていたので、私もおにぎりを作ってみた。私も残すところあと夜勤だけで、みんなと一緒に働くのは もう終わってしまったので。具はマッシュルームの缶詰をお正油でつくだ煮にしたものにして、御飯には昆布茶をちょっと混ぜて炊いてみた。最初は鮭おにぎり、と思ったんだけど ベジタリアンもいるから やめた。かなりうけたよ。寮の子にもお裾分けしたら 作り方を聞かれて、「作ってみる」と言っていた。
午後はアナと一緒に街に出掛けた。Neckar川のほとりの芝生に座って 患者体験したりして。何かと言うと、寝転んだ状態から水を飲んでみる、とか 自力で寝返りをうてない人を寝かせる時の姿勢というのが決まっているんだけど、その寝方が実際に楽かどうか、とか・・・。
看護婦さんで誰の接し方がいいか、という話しになって、「私はどう?」と聞いたら、「幸子は患者さんに好かれている。それが一番大事なことだから 議論の対象じゃない」と言われた。また、「私は幸子が批判的な目を持っているのを知っているけど、それをもっと表現した方がいい。どんどん批判をした方が自然だ。」とも言われた。日本の社会で身にしみこんでいる習慣は なかなか急には変えられないね。
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ああ、アナ!今、どこで何をしているんだろう。きっとキラキラ輝き続けているに違いない。会いたいなあ。















