実習期間が残り少なくなってきて、「幸子がいなくなるのは残念。困る」「幸子なしじゃカオスだよ」などと看護婦さん達に言ってもらうと とても嬉しい。朝 真っ暗な中を出勤していくと「ほら、太陽がきたよ」なんて言ってくれる人(←看護婦さん)がいて、その人と今日話しをしていたら アナと私は 全然他の実習生とは違うって。アナも半年間 アフリカの病院で下働きしているからね。私も看病したことがある(看取ったことがある)のを感じる、患者さんに対する接し方が全然違うって。
例の唸ってばかりの患者さんに 今日 また歌いながら朝の身仕度をしていたら、「素晴らしい」「どこでその歌を覚えたの?」などと話し始めて、嬉しい驚きだった。野バラとか 菩提樹とか 五月の歌とか 私の知っている僅かなドイツの歌だけなんだけどね。もう会話はできない、と殆どの人に見做されていた位の人だったから 嬉しかった。勿論ぽつぽつの話し方だけど。
面接の時に「次のお休みに延ばした方がいいんじゃない?(←語学力の面で)」と言われた位だったけど、コミュニケーションはやっぱり心だよね!
アンディと、同じ寮の別の階のアメリカ人ティムと3人で 死を扱った詩、文学の朗読を聞きに 夜 教会へ行った。うーん、でもやっぱり いまいちだった。いくら死を目前にして書いた詩でも、死を未体験な訳だから どうもピンとこない。みんな表現が似かよっているし。やっぱりこのテーマはノンフィクションにはかなわない。
病院でも、ちゃんと昼間通ってくる仲良し夫婦、家族というのはいるよ。見ていて嬉しくなる。でも、家族が来なくても 別になんとも思わない。来られる状態にある人は幸せ、恵まれている、と思うだけ。医療者側があれこれ口出しする立場ではないし、家族が来られないことを前提としてお世話するのが入院というものなんだし。
アンディに病院での仕事を話したら、「そんな事までするの?」と目を丸くしていたから、アメリカはまた違うんだろうねえ。また時間がある時にゆっくり聞こう。実習もあと昼間3日と その後夜勤7晩で終わり。アナももうすぐいなくなっちゃうし、淋しいよー。
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日本で祖母を看取った時、家族の付き添いというものが前提であったり、毎日大量の洗濯物を持ち帰らなければならなかったり(当然、帰宅してから夜遅くに洗濯)、本当に大変だった。オムツでも吸い飲みでも、各自が買って、戸棚に置いておかなくてはならなかったり。シーツは病院のものを使えるけれど、その上に家から持って行ったバスタオルを敷き、それがオムツ交換の度に汚れて、どんどん洗濯物が増えたり。
このドイツの病院で、洗面用具と着る物以外、全部病院のものを使うというやり方を経験して、凄く感動した。
週末しか家族が来られない事も多くて、そういう人の戸棚には、ピシッとアイロンをかけたネグリジェが数枚きちんと積んであったりして、「アイロンかけてある!」「こんなに枚数持っているんだ!」と、いちいち驚いた。
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