ようやく試験が全て済んだ。あー、長くてつらくて苦しい一箇月だったー。毎朝5時に起きて、解剖学の講堂が開くと同時に入って、骨格模型で勉強して・・・。この一箇月は6時間以下睡眠で、試験前で気が高ぶってくると 2、3時間睡眠とか・・・💧 だって眠れないんだもん。寝たと思ったら3時頃 目が覚めちゃうし。ドイツ人学生にとってもかなりハードな試験で、精神的におかしくなっちゃった子(→文字通り。拒食、過食、泣き笑い・・・)もいるし、結構何人もの子が医学部をやめてしまった。別に有頂天になる訳じゃないけど、それでもやれる事全てやって、何とか結果が出せたのは凄く嬉しい。大満足という成績ではないけれど、4月の理解度の低さから ここまでもってこれたというのは自分で誇らしい。最初の一学期は勘定に入れないというのが留学生の常識だからね。留学生で全てこなしたのは私一人だけ。ま、満足のいく成績まで登りつめるには まだあと5年半あるからね。今に見てろよ、と口癖のように心に刻んでいます。それでも物理の試験は上から1/3位のところにいたから まずまず。物理の数式は私はかなり強いということがわかった。私の説明では みんなついてこられなくて、途中の式をいちいち全部書いて説明して やっとわかってもらえたもの。ただねー、知識に乏しい。「聞き覚え」というのがまだできなくて、自分で意識して暗記した事しか頭に残っていないから、それ以外の事を聞かれるとホントお手上げ。夏休み中にやるべき事が既に山積みだよ。
友達の輪がだんだんいいところに絞れてきて嬉しい。みんなに助けてもらったよ。試験の日も教室に入ると目が合う子合う子が親指を握った手を振ってくれて(「あなたの幸運を私が祈っているよ」という印)、試験中に答案を見せてくれようとする子までいて(それは流石に断った。自分とのたたかいの結果が知りたかったから。でもその気持ちが嬉しかった。)、試験の済んだ夜 寮に戻ったら いち早く情報を入手した子からの「幸子 合格!!!!」というメモが残されていたりして。早くも「幸子、卒業後も帰るな」コールを受けて元気百倍。無能な留学生への同情とかじゃなくて、こういう愛(?)、価値を認めてくれて その上でのあたたかい気持ちが欲しかったのね。やっと自分を取り戻した感じ。でも、医学部といっても変な子は結構いる。エゴイスティックな子とか、あんたそんな仏頂面でどうやって診察する気?という子や・・・。ま、いくらかの振幅は仕方ないわな。
Kの両親はボートピープル。お父さんは政治的にマークされていた。お母さんの両親は本当の両親じゃなくて、子どもを死産した大金持ちに生後すぐ買われた!そしてその大金持ちの奥さんの方はその事実を知らずに育てていたんだけど、Kのお母さんが5歳の時に事実を知って、育てる事を放棄して 施設へ放り込んでしまった!!! 考えられん。それでも人間か?
Kは今も 親戚の意地悪い視線と戦っている。医学部の席待ちをしていた時は「いつから?」「どこで?」と繰り返し聞かれて、入学したら本当にここで学生として住んでいるのか毎日のように確認の電話が入ったりして。(どこぞの誰かさんみたい。)「どこの馬の骨とも知れん子が医学部に入るなんて」という訳ね。でも、Kの家族はみんなとても仲がよくて素敵な家族らしい。Kの誇り。夏休みに招待されているので会うのが楽しみ。
Hは小さい頃にお母さんを亡くして、お父さんもこの1月に亡くなってしまった。表現の仕方を知らなくて、全部内に閉じ込めてしまっている感じ。でも、私とKと3人でいると少しずつ解放するようになって、この3箇月でだいぶ変わった。もっともっと時間と友人の輪の手助けが必要だね。私にしてみればHは昔の私にちょっと似ていて、しかも両親とも亡くなってしまったという想像を絶する状況の中で 彼なりに頑張っているのがよくわかるんだけど、他からは余り理解されていない。ま、6年たてば別人のようになっていると思うよ。変わる時期だし。
Tには医学部はちょっときつすぎるんじゃないかと思う。もともと どうしても医学を勉強したくて渡独したという訳じゃないし、最初の頃の勤勉さは見られなくなってきたし。若いからね。ま、ぼちぼちやるでしょう。
Sも甲状腺の病気になってしまって、取り敢えず健康回復が第一なので のんびり組に入った。
Bは凄いよ。頭いいうえに勤勉で、勉強のやり方も深い。しかも謙虚。深くは知らないけれど身内(親戚)から自殺者が出て、いろいろ考えるところがあるらしい。Bは「説明できる」子なので、いろいろ質問できて助かる。
話しは変わるけど、穂高のTさんちのHくんが携帯電話からe-mailを送ってきたよ。彼の苦手だった英語でちゃんと書いてきたから びっくり。誰かと思った。やっぱりちゃんとできる子だったんだ、と凄く嬉しかった。学校の先生の目は節穴かい、ねえ。「普通科は無理」なんて とーーーんでもない。部活でも部長だって。
私がピアノを売りまくっていたこと、13人の生徒をもっていて受験生全員合格させたことは「医者として最高の素質」とみんなに言われています。学問も勿論大事だけれど、人間対人間として ちゃんとやっていけることも必須だからね。
試験が済んだ日はみんなで街へ出掛けてアイスを食べて、夏のバーゲンをのぞいて、ケバップ食べて・・・
次の日は発表を見てから書類をとりに行って、その後キムと二人でNeckar川のほとりを散歩した。キムが「ああ、物理なしの人生はなんて素晴らしいんだろう!!!」と言ったら周りの人が笑っていた。
二人で楽しく歩いていたらトルコ人風の男の人が挨拶してきたので、私はキムの知り合いだと思って キムは私の知り合いだと思って 挨拶したらただのナンパだった。大学ではこちらが知らなくても向こうはこちらを知っている(東洋人で目立つ)ことが多いから、挨拶されると反射的に返してしまう。いかんな。キムは「もっと素敵な人だったら声かけてきてもいいけどさ!」と怒っていた。キムの妹は日本のアニメ・ゲーム・漫画が大好きで 私に早く会いたくてたまらないんだそう。失望させそう💦 TちゃんやAちゃんの方が適役だなー。街で医学部生を見かけると、(通りの向こうとか バスの中とか)
* * * * *
入学したての頃は確実にビリの位置にいたので、「この科目は大丈夫!落ちるのなんて、せいぜい2、3人」と言われれば、「それなら私、落ちるやん!」と絶望していた位、本当に苦しかった。
寮の共同台所で、真ん中の子(確かドクター短期留学生)のお別れ朝食会だったかな。珍しく参加している。
医学部は試験が遅くて、他学部の学生がもう学期終了でどんちゃん騒ぎしている中、耳を塞いで必死に勉強していて、私は階のレアキャラだった。