20250905

日付不明

 
ナースコール押しまくりの人は、実は ベッド安静じゃなかった!! 歩くことも トイレへ行くことも許可されていた!! こんな人もいるんだねー。何をわざわざ好んで尿器なんか使いたいかなー。呼びつけられる度に「ちょっとは動かないと筋肉弱るよ」と言ったが ちっともこたえない。私がいない時に「あの日本人の女のコはどこへ行った?」と探していたというから これでも私は優しいのかなあ。うむう。 
薬物中毒の人が入院してきた。クラウディアが「TropenklinikにDrogen」としゃれて喜んでいた。ちょっとイカレた目をしているけど、この程度の顔ならその辺に普通にいるねえ、という感じ。ま、ちゃんと治療中だし。
ちょっとボケた人二人の部屋で、片方が退院となって荷づくりしていたら もう片方もすっかり「旅立ち」の気分になって、二人でよだれかけした儘 ベッドに並んで腰かけて 荷物をかかえていた。ウフフ。「恍惚の人」を改めて読み直してしまった。ああ、日本!!
身内のボケた姿というのは悲しくなるから、かえって他人の方が楽しく世話できるんだろうな。個人の手におえるものでもないし。そうそう、病院でも寝間着は夜だけで、寝たきりの人以外はみんな着替える。自分で着替えられない人は手伝ってでも着替えさせる。気分が違うよね。





* * * * *

そうそう。
当時の日本の病院は、入院したらパジャマに着替え、食事もベッドでというのが普通だった。
それが、この病院で実習を始めてみたら、入院中でも昼間は普通の洋服に着替え、病室にテーブルセットがあって、そこで食事する。(更に軽症で移動に問題がない患者さんは、食堂に食べに行く)。というのに、びっくりしたのだった。

「Drogen」はドラッグのこと。
クラウディアは、この病院を紹介してくれた子。敬虔なクリスチャンだったので、ミッション系(アフリカなど未開の地に行くため、熱帯病にかかる事がままあり、それでTropenklinik)のこの病院を選んだのだと思う。確かお父さんがお医者さんでアフリカに住んだ時期があった関係で飛び級か何かしていて、同級生の中で最年少の十代だった(夏学期始まりだったので、殆どの子が20歳以上)。
オリエンテーションで仲良くなって、初めて寮に招待してくれて一緒にトマトソース・スパゲッティを作ったり、日本では大人になると予防接種の更新をしないと知って「これだけは必要」と受けるべき予防接種のリストを書いてくれたり、この病院に出す志望書や履歴書をチェックしてくれたりした。


にほんブログ村 海外生活ブログ 海外留学(ヨーロッパ)へ 人気ブログランキング



0 件のコメント:

コメントを投稿