20250912

2000/09/12(火)

 
猫、最後の方はイマイチ。今週は遅番が多くて有難い。早番で帰って来ても疲れていて何もできないから 遅番で午前中に色々しておく方がよい。来期の新入生が書類の茶封筒を抱えて街をうろうろしている。半年毎に新入生、というのは不思議な感じ。
遂にかかとをこする やすり(?)を買った。靴下が脱げない位がしがしだったから。

患者さんに問題爺の作家がいるんだけど、私のことを凄く気に入ってくれている。自立している人なので 私は「お世話」は殆どしていなくて 食事やコーヒーを運んだり ナースコールで行ったりする位なんだけど 「その笑顔がとてもいいから 一日中でもここに居て欲しい」などと言ってくれる。(←日本語にするとあやしいけど ちゃんと礼儀正しい人だよ。何故 問題爺かと言うと 酸素を自分で外して散歩に行っちゃったり、いろいろ好みが激しい。)戯曲が70年代に日本語に翻訳されているんだって。で、今日は名刺をくれて、「どこに住んでいるの?」と聞くから何かと思ったら、その人の隣人が旧市街に素敵なWohnungを貸しているんだって。家賃550マルク位で、家主はよく知っているけど凄くいい人だって言っていた。う゛ー、誘惑。この住宅難のTübingenで、旧市街に500マルク代で住めるなんて!!! でも今の家賃の倍だからなー。断るのが本当につらい。静かで窓からお城が見えて、教会のすぐ近くのとてもいい所なんだって。はあー。誰かと二人で住んだとしても今より水道・電気代分は高くなるし、友達と住むと気儘に勉強できないしね。残念。あ゛う゛ー💧💧💧 がるがる

凄く気の合う看護婦さん二人がいて(同年代)、「幸子がもうすぐいなくなってしまうのは とても残念。凄くいい働きをするのに!」と言ってもらった。これは余り認めたくないけど あの悲惨な営業時代の下働きが役立っていると思う。今の私は重要な仕事というのはできないから、看護婦さんが何か片付けとか雑用をしようとしていたら すぐ 私がやる、と取るし、看護婦さんが手伝いを必要とする時には 自分のは後まわしにして すぐ行くし。実習生なんて所詮 便利屋さんなんだから そうあるべきだと私は思うのね。
でも、今迄は お金をもらう以上は楽しい仕事なんて存在する訳がない、というのが持論だったんだけど、ここにあったわ。今はお金もらってないけど 同じ内容でバイトもできるし、看護婦さんも区別していない(バイトと無給と)。何故こんなに楽しく働けるんだろう、と思ったら 人間関係が円滑だからなんだね。仕事を教わる上司というのはいるけれど、気を使わなくてもいい。勿論礼儀正しくはするけれど、礼儀というのはこちらでは一方通行はあり得ない。こちらがSieでよべば 相手もSieで私を呼ぶ(看護婦さんとはDu)。お医者さんだって手元にポットがあれば 看護婦さんにお茶をついであげるし、何かしてあげればすぐに「Danke!」と返ってくる。ちょっと気をきかせれば「Super!」「Toll!」と称賛される。そしてみんな にこにこしている。特に若くないお医者さんの穏やかな笑顔は日本では少ないかなー。大体笑っていない顔が(私は)浮かぶけど、どう?今の病院は ひとりずつ顔を思い浮かべると みんな笑顔で出てくる。ユーモアのある人が多いし。患者さんとも冗談ばっかり。車椅子で散歩している患者さんにお薬持って行ったら、薬イヤさに「私は○○じゃないよ、彼は病室に寝てる筈」なんて言った人もいたし。退院の時に別れを惜しんで 涙、涙の患者さんも多い。「絶対にあなた達の事は忘れない」「近くへ来たら寄るから」と。凄いことだよねー。

* * * * *

この、お医者さんが看護婦さんにお茶をついであげたの、もの凄いカルチャーショックで、今でも目に焼き付いている。こちらの感覚では、彼の近くにポットがあったのだから、当然の事だったんだけどさ。

ドイツ語にも敬称(Sie、あなた)と親称(du、きみ)があるのだけれど、日本のそれとはちょっと違う。日本なら目下が目上に敬称、目上が目下に親称を使ったりするけれど、ドイツではお互いに同じ称を使い合うの。上下関係ではなく、仲の距離というか、「敬語を使い合う、よそゆきの関係」と「くだけた言葉で話す、家族友達のような関係」を区別する。

「Wohnung」はアパートのこと。寮は水道・電気・暖房代込みだったけれど、アパートに住むと、そういうのも別計算になる。そしてこの作家爺、今思えば、絶対に下心ありありだったわ・・・。


にほんブログ村 海外生活ブログ 海外留学(ヨーロッパ)へ 人気ブログランキング



0 件のコメント:

コメントを投稿